保有している不動産を売却するとお金が入ってくるので、経済的には「得」をすることなります。しかし日本の社会制度では、経済的に多くの利益を得た人に多くの負担を求めるシステムになっているため、得をすると必ずその一方で「損」が発生します。
これは公的医療保険のひとつである、自営業者やパート、アルバイト、退職した方などが加入する国民健康保険でも同じことがいえます。

国民健康保険制度は、給付と負担で成り立っています。給付とは、病院などの窓口で患者が支払う医療費の負担額が少なくなる仕組みで、こちらは不動産売却で「得」をしても影響は受けず原則3割負担のままです。
負担とは加入者(被保険者といいます)が保険料を支払うことです。保険料の額は、被保険者の収入や所得によって異なり、不動産売却で所得が増えると高くなります。
さらに国民健康保険の負担は、被保険者が経済的に困っていれば少なくなる仕組みになっています。経済的に困っていた人が不動産売却で所得が増え、経済的な問題が解消すると、負担を少なくしてもらえる「優遇」が外されてしまうことがあります。

不動産を売却する場合、得だけでなく損することも考慮しておかないと「思っていたよりお金が手元に残らない」という事態になります。
そうならないためには、国民健康保険制度を一から知っておいたほうがいいでしょう。

国民健康保険とは

国民健康保険とは自営業者やパート、アルバイト、退職した方、及びそういった方々の配偶者や子供、祖父母などが加入する(被保険者になる)公的医療保険です。国民健康保険を運営するのは市町村です。
企業の社員や公務員、及びその配偶者や子供などは別の公的医療保険に加入しています。

国民健康保険は、病気やけがをしたときに低額の自己負担で病院や診療所(合わせて医療機関といいます)に受診できる社会保障制度です。
本来、治療費が100万円かかっている場合でも、患者(被保険者)はその3割の30万円を支払えば済みます(3割負担の原則)。
では残りの70万円はどこが負担するのかというと、国民健康保険の予算です。つまり国民健康保険を使って治療を受けることは、「治療費の7割に相当する額の給付を受けた」ことと同じ意味になります。
国民健康保険の被保険者は、国民健康保険制度の予算を支えるために毎月保険料を支払わなければなりません。しかし被保険者の保険料だけではその予算をまかなうことができないので、税金が投入されています。
「医療保険」の前に「公的」とつくのは、税金が投入されているからです。

税金の補填を受けているので不動産を売却すると保険料が上がる

不動産売却をして売却益が手に入ったら、なぜ国民健康保険の保険料などの負担が増えるのでしょうか。
保険料などの負担が増えても、医療機関で支払う自己負担額が治療費の3割であることには変わりありません。
民間の保険はそうではありません。民間の保険会社が販売している生命保険やがん保険などは、不動産売却をしても毎月支払う保険料は増えません。もちろん万が一のときにもらえる保険金額も、不動産売却があってもなくても同じ額です。

不動産売却をしたときに国民健康保険の負担が増えるのは、国民健康保険の財政の多くを税金に頼っているからです。
例えば2016年度の国民健康保険の給付費は9兆2,655億円でした。給付費とは、「被保険者が支払わなくてよい治療費の7割分」のことです。
ちなみに治療費の残りの3割は、患者の自己負担なので、この9兆2,655億円には入っていません。
これに対し、被保険者が支払った保険料は2兆8,912億円でした。つまり国民健康保険の被保険者(加入者)は、「9兆2,655億円+自己負担分3割」分の医療サービスを受けながら、「保険料2兆8,912億円+自己負担分3割」しか支払っていないのです。9兆2,655億円と2兆8,912億円の差額6兆3,743億円は税金などから補填(ほてん)しているのです。

*平成28年度国民健康保険(市町村)の財政状況について
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000153105_1.pdf

国民健康保険の多くの部分が税金によって補填されているということは、国民健康保険の被保険者の医療費は、「被保険者以外の人たちにも負担してもらっている」ということです。
そのため国民健康保険の被保険者のなかで多くの収入・所得を得ている人には、「保険料などの負担を多くしてもらう必要がある」という発想が生まれます。
それで不動産売却などで所得が増えると、保険料が上がるなどの負担が大きくなるのです。

ちなみに、被保険者の収入・所得が増えると保険料などの負担が上がる仕組みは、ほかの公的医療保険にもあります。

国民健康保険の保険料の決め方

それでは次に、国民健康保険の被保険者が支払う保険料の決め方について解説します。保険料の決め方は地方自治体によって少しずつ異なりますが、基本的には概ね同じです。そこで東京都足立区の2018年度の例で説明します。

国民保険の保険料は、次の3つから構成されます。

  • 医療分の保険料
  • 後期高齢者支援金分の保険料
  • 介護分の保険料

国民健康保険は世帯で加入するので、その保険料も1世帯の総額を出します。例えば1世帯に3人いたら、下記で紹介する計算式の加入者数には「3」が入ります。

基礎(医療)分の保険料

<医療分の保険料>とは、いわば「自分が病気やけがをしたときに医療機関で治療してもらうときに充当されるお金」です。そのため「基礎分の保険料」と呼ばれることもあります。
医療分の保険料の額は、次の計算式で算出します。

<医療分の保険料>の額(年額)=医療分所得割額(加入者数全員の保険料算定基礎額×7.32%)+医療分均等割額(加入者数×39,000円)
※ただしこの計算式で医療分の保険料の額(年額)が58万円を超えた場合は58万円が<医療分の保険料>の額(年額)になります

この式から、保険料算定基礎額が大きくなると保険料が上がることがわかります。その保険料算定基礎額は、次の計算式で算出します。
ここでは計算をシンプルするために、加入者数が1人として、その人の給与収入が300万円として計算します。

保険料算定基礎額=給与収入-給与所得控除(108万円)-基礎控除(33万円)+不動産売却などの譲渡所得

この式から、給与収入と不動産売却の譲渡所得が大きくなると、保険料が高くなることがわかります。
<医療分の保険料>の額(年額)の上限は58万円ですので、保険料算定基礎額が約739万円(=(58万円-1人×39,000円)÷7.32%)を超えてしまうと、上限の58万円を負担することになります。
よって給与収入が300万円の場合、不動産売却の譲渡所得が約580万円(=739万円-300万円+108万円+33万円)以上だと、<医療分の保険料>の額(年額)は上限の58万円に達します。

後期高齢者支援金分の保険料

<後期高齢者支援金分の保険料>とは、後期高齢者医療保険という別の公的医療保険制度を支援するためのお金です。後期高齢者とは75歳以上の高齢者のことで、後期高齢者は後期高齢者医療保険に加入します。
後期高齢者支援金は「後期高齢者医療保険をみんなで支えよう」という仕組みで、国民健康保険などの予算から後期高齢者医療保険の予算にお金を組み入れています。
<後期高齢者支援金分の保険料>の額は、次の計算式で算出します。

<後期高齢者支援金分の保険料>の額(年額)=支援金分所得割額(加入者全員の保険料算定基礎額×2.22%)+支援金分均等割額(加入者数×12,000円)
※ただし、<後期高齢者支援金分の保険料>の額(年額)が19万円を超えた場合は19万円

保険料算定基礎額は以下の式です。

保険料算定基礎額=給与収入-給与所得控除(108万円)-基礎控除(33万円)+不動産売却などの譲渡所得

<後期高齢者支援金分の保険料>の額(年額)の上限は19万円ですので、保険料算定基礎額が約802万円を超えてしまうと、上限の19万円を負担することになります。
給与収入が300万円の場合、不動産売却の譲渡所得が約643万円以上だと、<後期高齢者支援金分の保険料>の額(年額)は上限の19万円に達します。

介護分の保険料

<介護分の保険料>とは、国民健康保険の財政から介護保険財政に組み入れるお金のことです。
<介護分の保険料>の額は、次の計算式で算出します。

<介護分の保険料>の額(年額)=介護分所得割額(40~64歳の加入者全員の保険料算定基礎額×1.60%)+介護分均等割額(40~64歳加入者数×15,600円)
※ただし、<介護分の保険料>の額(年額)が16万円を超えた場合は16万円

保険料算定基礎額は以下の式です。
保険料算定基礎額=給与収入-給与所得控除(108万円)-基礎控除(33万円)+不動産売却などの譲渡所得

<介護分の保険料>の額(年額)の上限は16万円ですので、保険料算定基礎額が約903万円を超えてしまうと、上限の16万円を負担することになります。
給与収入が300万円の場合、不動産売却の譲渡所得が約744万円以上だと、<後期高齢者支援金分の保険料>の額(年額)は上限の16万円に達します。

不動産売却で利益が出たら保険料はこう上がる

上記の計算をまとめると、給与収入が300万円の人の場合、以下のようになります。

  • <医療分の保険料>の額(年額)は、不動産売却の譲渡所得が約580万円以上だと上限の58万円に達する
  • <後期高齢者支援金分の保険料>の額(年額)は、不動産売却の譲渡所得が約643万円以上だと上限の19万円に達する
  • <介護分の保険料>の額(年額)は、不動産売却の譲渡所得が約744万円以上だと上限の16万円に達する

この3つのなかの不動産売却の譲渡所得の最高額は744万円ですので、この額に達すると上記の3つの額(年額)は上限額93万円(=58万円+19万円+16万円)になるわけです。
月々の保険料は77,500円(=93万円÷12カ月)になります。

国民健康保険には「扶養の概念」はない

国民健康保険には「扶養の概念」はありません。「扶養の概念」とは、世帯主が養っている(扶養している)家族が多いほど、保険料や税金を安くする考え方です。
国民健康保険以外の医療保険には、健康保険組合や協会けんぽなどの健康保険がありますが、これらには「扶養の概念」があり、扶養する家族の保険料を支払わなくてよくなります。扶養家族が多いと「得をする」システムです。
また所得税にも「扶養の概念」があり、扶養家族が多いほど税金が安くなります。

しかし国民健康保険の場合、被保険者の家族の人数が増えると、被保険者がその家族を扶養していても扶養していなくても、保険料は人数分増えてしまいます。
つまり、国民健康保険の被保険者の配偶者が専業主婦(専業主夫)で収入がなくても、被保険者の子供に収入がなくても保険料が発生してしまうのです。

不動産売却すると保険料はどう変わるのか

それでは国民健康保険に「扶養の概念」がないと、被保険者が不動産を売却したときに、保険料はどのように変わるのでしょうか。
東京都足立区の国民健康保険の保険料は、以下の3項目の合計でした。

<医療分の保険料>の額(年額)=医療分所得割額(加入者数全員の保険料算定基礎額×7.32%)+医療分均等割額(加入者数×39,000円)

<後期高齢者支援金分の保険料>の額(年額)=支援金分所得割額(加入者全員の保険料算定基礎額×2.22%)+支援金分均等割額(加入者数×12,000円)

<介護分の保険料>の額(年額)=介護分所得割額(40~64歳の加入者全員の保険料算定基礎額×1.60%)+介護分均等割額(40~64歳加入者数×15,600円)

ポイントその1は、<所得割額>のなかの<加入者数全員の保険料算定基礎額>です。この金額は、加入者全員の収入・所得が増えると高くなります。加入者全員とは、被保険者やその家族を含めた全員です。実は国民健康保険では、被保険者(世帯主)以外の配偶者や子供や祖父母も、1人ひとりが被保険者にカウントされます。
つまり、世帯主が不動産を売却するだけでなく、世帯に入っている家族の誰が不動産を売却しても保険料は上がってしまうのです。

ポイントその2は、<均等割額>です。均等割額は「人数」と「定額」(39,000円または12,000円または15,600円)だけで算出します。つまり収入・所得は関係しません。
ということは、世帯の誰が不動産を売却しても<均等割額>は変わらないということです。

不動産を売却すると、<所得割額>は高くなるが<均等割額>は高くならない、と覚えておいてください。

保険料の軽減制度

国民健康保険制度には、生活に困っている人の保険料を安くする制度があります。例えば東京都足立区の場合、次のような軽減制度があります。

  • 世帯主と加入者全員の総所得の合計が33万円以下の世帯は、均等割額を7割軽減する
  • 世帯主と加入者全員の総所得の合計が、33万円+加入者数×27.5万円以下の世帯は、均等割額を5割軽減する
  • 世帯主と加入者全員の総所得の合計が、33万円+加入者数×50万円以下の世帯は、均等割額を2割軽減する

このような軽減制度は、不動産売却で収入・所得が上がってしまうと受けられなくなります。

所有している不動産を分割して売るなどの工夫が必要

国民健康保険の被保険者が不動産を売却するときは、「得」することだけでなく、「損」することがあるということも念頭に置いておきましょう。
特に現在、国民健康保険の保険料が上限に達していない方は、不動産を売却したことで保険料が上限額になってしまう可能性があります。
保険料を急激に上げないコツは、急激に不動産売却益を上げないことです。保険料は前年の収入や所得で決まるので、例えば売却対象の不動産が複数ある場合は、分割して売ることで1年間の収入・所得を減らすことができます。収入・所得が減れば、保険料の値上がりを抑えることができます。
不動産売却益を急激に上げないことは、国民健康保険の保険料にとどまらず、税金額を少なくすることにもつながります。
つまり不動産売却で「無駄なく得する」には、「損をコントロール」する必要があるということになります。これは法律に基づいた保険料節約術・節税術ですので、ぜひ取り入れてみてください。
そして実際に不動産売却する時は、税金や社会保険、資産、財産の専門家に相談することをおすすめします。