高齢者とは一般的に65歳以上の人のことを指します。そして医療保険では、65歳から74歳までの人のことを前期高齢者と呼び、75歳以上の人のことを後期高齢者と呼んでいます。
後期高齢者という言葉は、元々は医療保険制度のなかで生まれたものですが、やはり高齢になると医療だけにとどまらず「いろいろな問題」が生じるので、そのほかの制度でも75歳以上の方と74歳以下の方を分けて考えることがあります。
特に後期高齢者の方が不動産を売却するときは、税金、年金、医療保険の3つのことに注意したほうがいいでしょう。
ひとつずつ詳しくみていきましょう。
譲渡税
不動産を売却(譲渡)して得る利益のことを譲渡所得といいます。譲渡所得は、会社からの給料で発生する給与所得とは別の所得です。
譲渡所得にかかる税金のことを譲渡税といいますが、譲渡税は所得税と住民税のことを指します。
給与所得でも譲渡所得でも所得が発生すると、所得税と住民税が課税される点は同じですが、給与所得の所得税・住民税と、譲渡所得の譲渡税(所得税・住民税)では異なるルールが適用されます。
そのため、例えば60歳まで会社員をしていて給与所得しか得ていなかった人が、75歳以上になって初めて不動産を売却した場合、「税金をどのように支払ったいいのかわからない」ということになりかねません。
というのも、給与所得の所得税・住民税の支払いは、勤務先の会社が手続きしてくれていましたが、譲渡所得の所得税・住民税の支払いは自分で手続きしなければならないからです。
課税譲渡所得金額を計算する
不動産を売却したときの譲渡所得の所得税・住民税の額を算出する最も単純な計算式は、
所得税額(または住民税額)=課税譲渡所得金額×所得税(または住民税)の税率
となります。
一見すると単純ですが、不動産売却の状況によって課税譲渡所得金額も税率も変わってくるので、実際に計算するときは複雑な計算が必要になります。
ただ複雑ではありますが難解ではありませんので、順を追ってみていきましょう。
まずは課税譲渡所得金額をみてきましょう。
課税譲渡所得金額は、次の計算式で算出します。
課税譲渡所得金額=譲渡収入金額-<取得費>-<譲渡費用>-<特別控除>
譲渡収入金額とは、不動産を売却して得たお金のことです。土地と建物を誰かに1,000万円で買ってもらったら、譲渡収入金額は1,000万円になります。
ここで注意したいのは、<取得費>と<譲渡費用>と<特別控除>の金額が大きくなればなるほど、課税譲渡所得金額は小さくなるということです。
課税譲渡所得金額が小さくなるということは、「所得税額=課税譲渡所得金額×所得税(または住民税)の税率」で計算する所得税額が小さくなるということです。
つまり、<取得費>と<譲渡費用>と<特別控除>の金額が大きくなると、節税効果が生まれるということになります。
<取得費>とは、売却することになった不動産を取得したときの価格から、建物の減価償却費を差し引いた金額です。土地は年数を経ても「価値が減らない」と考えられるので、減価償却はしません。しかし建物は年数が経つと「価値が減る」ので、減価償却をします。
また、あまりに長期間保有してきた不動産の場合、取得したときの価格がわからないことがあります。後期高齢者の方が、何代にもわたって受け継いできた土地と建物を売却するときなどこうした事態が発生します。その場合、取得費を、譲渡収入金額×5%で算出することができます。以上のことをまとめるとこうなります。
取得費=取得した価格-建物の減価償却費
または
取得費=譲渡収入金額(今回売却した金額)×5%
のいずれか大きい金額が<取得費>となります。
<譲渡費用>とは、今回の不動産売却を実施するためにかかった経費のことです。譲渡費用には次の費用を計上することができます。
- 諸手数料(不動産売買の仲介手数料、不動産の登記や登録の費用、印紙税、測量にかかった費用)
- 貸していた家を売却するときに借家人に支払った立退料
- 土地を売るときに建物を取り壊した場合、その解体費用
- 売買契約を結んだ後にさらに高く買ってくれる人がみつかったため、最初に売買契約を結んだ人に支払った違約金
- 売却額を増やすために不動産を維持・管理したときの費用
これらの費用を計上することで支払う税金が安くなる可能性がありますので、しっかり確認することをおすすめします。
<特別控除>とは、不動産売却をした人の特別な事情を考慮して、支払う税金の額を減らす仕組みです。控除金額は「事情」によって大きく異なり、それぞれの事情による金額は以下のとおりです。
土地収用法に基づいて不動産を売却したときや、公共事業のために不動産を売却したとき | 5,000万円 |
---|---|
マイホームとして使っていた不動産を売却したとき | 3,000万円 |
特定土地区画整理事業のために土地を売却したとき | 2,000万円 |
特定住宅地造成事業のために土地を売却したとき | 1,500万円 |
2009年と2010年に取得した土地を売却したとき | 1,000万円 |
農地保有の合理化のために農地を売却したとき | 800万円 |
特別控除の節税効果はともて大きく、例えばマイホームを売却したものの、その売却額(譲渡収入金額)が3,000万円以下だった場合、そこから特別控除3,000万円が差し引かれるため、税金を払わないで済みます。
課税譲渡所得金額=譲渡収入金額-<取得費>-<譲渡費用>-<特別控除>
課税譲渡所得金額が0円になると、下の計算式によって、所得税額も住民税額も0円になります。
所得税額(または住民税額)=課税譲渡所得金額×所得税(または住民税)の税率
所得税(または住民税)の税率
それでは次に所得税(または住民税)の税率についてみていきましょう。
税率は、売却(譲渡)した年の1月1日の時点において、所有期間が5年以下(短期譲渡所得)か5年超(長期譲渡所得)かによって異なります。
また長期譲渡所得は5年超~10年以下と10年超に分けて税率が設定されています。
さらに、売却した不動産が居住用なのか非居住用なのかでも税率が異なります。
これらをまとめると以下のとおりです。
短期譲渡所得の税率 | 居住用39.63%(内訳、所得税30.63%、住民税9%) |
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非居住用39.63%(内訳、所得税30.63%、住民税9%) |
長期譲渡所得の税率 | 居住用(5年超~10年以下)20.315%(内訳、所得税15.315%、住民税5%) |
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居住用(10年超)課税譲渡所得金額の6,000万円以下の部分14.21%(内訳、所得税10.21%、住民税4%) 課税譲渡所得金額の6,000万円超の部分20.315%(内訳、所得税15.315%、住民税5%) |
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非居住用(5年超~10年以下も10年超も)20.315%(内訳、所得税15.315%、住民税5%) |
長年使った住宅を安く売却したときは、最も低い税率(14.21%)が適用されます。
年金の支給額は変わらず
後期高齢者のほとんどは年金を受給していると思いますが、不動産売却をして利益(所得)を獲得しても年金支給額には影響しません。
つまり「不動産を売却して儲けたので、年金を減らします」とはなりません。
また後期高齢者のなかには、年金額が少なく所得税を支払っていない方もいると思います。その場合でも、「不動産売却をしたからといって、年金額にかけられる所得税が増えることはありません」ので安心してください。
不動産売却でかかる税金は、譲渡税(所得税・住民税)だけです。
これは、分離課税という仕組みのためです。不動産売却による所得は、年金による所得と分けて考えられます。
ちなみに、年金にかけられる税金には、以下のルールがあります。
- 65歳未満の人:年金の受給額が年108万円以下の場合、所得税はかからない
- 65歳以上の人(後期高齢者を含む):年金の受給額が年158万円以下の場合、所得税はかからない
このルールは、不動産を売却しても変わりません。
後期高齢者医療保険の保険料は上がる
後期高齢者は、後期高齢者専用の後期高齢者医療保険に加入するので、後期高齢者(75歳以上)の医療保険は、国民健康保険でも協会けんぽでも組合健康保険でもありません。
後期高齢者になると、後期高齢者医療保険の保険料を支払わなければなりません。保険料を支払うことで、医療機関にかかったときの自己負担額が、治療費の1割または3割まで減額されるのです。
後期高齢者が不動産を売却した場合、保険料が上がる可能性があるので注意してください。
後期高齢者医療保険は、地方自治体でつくっている機関が運営しているので、保険料の金額は地方ごとに違ってきます。
例えば東京都江東区は、後期高齢者医療保険の保険料を次のように設定しています。
年額57万円
または
保険料年額=<均等割額>(42,400円)+<所得割額>(年間所得金額×9.07%)
のいずれか少ないほう
この計算式から、年間所得金額が581,698円以上になると、57万円より高くなることがわかります。
<均等割額>は、江東区内のすべての後期高齢者(被保険者)が同額です。
<所得割額>は、後期高齢者個々人の前年の<年間所得金額>から算出します。つまり、保険料年額は後期高齢者ごとに異なるわけです。
そして<年間所得金額>は、<年間総所得金額>から、基礎控除33万円を控除した(差し引いた)額になります。計算式はこうなります。
年間所得金額=<年間総所得金額>-基礎控除33万円
<年間総所得金額>には、次のものが含まれます。
事業所得、営業所得、不動産所得、利子所得、配当所得、給与所得、雑所得、退職金所得、山林所得など
つまり不動産売却益を含む「手元に入ったお金のほとんどすべて」が対象になるわけです。
そのため、後期高齢者が不動産を売却して多額の所得を得たら、後期高齢者医療保険の保険料額が上限の年額57万円に到達してしまう可能性がでてきます。
先ほど、後期高齢者医療保険の保険料の金額は地方ごとに異なる、と解説しました。
例えば北海道札幌市の場合は、保険料を次のように算出しています。
年額62万円
または
保険料年額=<均等割額>(50,205円)+<所得割額>(年間所得金額×10.59%)
のいずれか少ないほう
これを江東区の
年額57万円
または
保険料年額=<均等割額>(42,400円)+<所得割額>(年間所得金額×9.07%)
と比べるとかなり保険料が高いことがわかります。
「すべての支出」を総点検しましょう
後期高齢者が不動産売却を決断するのは、生活費や相続対策など、さまざまな事情があってのことだと思います。ただ「当座の現金が必要」という点では、不動産売却をするすべての後期高齢者に共通している事情ではないでしょうか。
ところがこれまでみてきたとおり、不動産売却を行うことで、さまざまな出費が発生します。まず税金が増える可能性がありますし、後期高齢者医療保険の保険料が上がるかもしれません。こうした「目にみえない出費」は、確実に老後の生活に影響を与えることになります。そのため「せっかく不動産を売却したのに思ったほど生活が楽にならない」という事態に陥ることもありえます。
これから不動産売却を検討している後期高齢者の方は、税金や資産、財産、不動産などに詳しい専門家に相談することをおすすめします。「すべての支出」を総点検してもらってはいかがでしょうか。