不動産売却という大きな取引は、人生でそう何度も経験することがないものです。
慣れない法的な手続きですが、間違いなくしっかり行っておかないと後で不利益を被ることも。それでは一生後悔してしまいます。
ここでは、不動産売却で使われることのある『委任状』について、その役割や注意点、委任状を用意する場合に必要なものなどについてご紹介していきます。
目次
不動産売却で委任状が必要な時とは?
不動産売却ではどのような時に委任状が必要となるのでしょうか。
- 不動産売買契約を結ぶ際
- 代金決済と引き渡しの際
このように契約に関わる場面では、必ず売主本人、あるいは買主本人が出席しないとなりません。しかし、必ずしも出席できるとは限りませんね。
- 契約のために仕事を休めない場合
- 不動産が遠方でわざわざ行くことができない場合
- 契約手続きをひとりで行うのが不安な場合
- 共有名義の不動産を売却する場合
このような時、委任状で代理人を指名して代わりに、あるいは一緒に出席してもらうことが可能です。
不動産売買の最終取引では、銀行に売主、買主、不動産業者、銀行の融資担当、そして司法書士が集まって、銀行ローンの融資の実行、代金の授受(入金確認)、抵当権の抹消登記、不動産の重要事項説明書と鍵の引き渡しなどが行われます。
銀行ローンを使う場合は、必ず銀行が営業している平日に決済が行われますが、どうしても仕事が抜けられず出席できないという売主もいるでしょう。このような時、代理人として家族が出席する際には、委任状を用意する必要があります。また、共有名義の不動産を売却する場合も、誰か1人が出席すればいいのではなく、名義人全員の出席が必要で、もし欠席する場合には必ず委任状を用意して代理人を立てる必要があります。
不動産の登記簿に所有者として名前が載る売主本人が出席できないからと、もし誰かが本人になりすましたり、あるいは正式な代理人ではない人が代わりをすると、売買取引をしてもその取引は成立しません。
昔から他人の土地を巧妙に自分の土地と偽って売買取引を行い、買主をだまして多額の金額を奪う「地面師」という詐欺の手口がありますが、こういう詐欺に引っかからないためにも本人確認はとても大切ですし、配偶者や親、あるいは子であっても、委任を受けて代理人にならなければ代わりはできないのです。
具体的にこんな時に委任状を用意して代理人を立てます。
例1 | 海外赴任中の兄が、日本にある自宅を売却したいが、日本に戻って来られないために弟に売却を頼む場合。 |
例2 | 夫名義の自宅を売却する際、仕事を休めない夫にかわって妻が代わりに立ち会う場合。 |
例3 | 離婚することになった夫婦の共有名義の不動産を売却する際、夫婦で顔を合わせたくないため妻は欠席。かわりに妻が依頼した弁護士が代理人として出席する場合。 |
委任状とは何か?代理人と使者のちがいは?
それではそもそも、委任状は法的にどんな役割があるのでしょうか。
委任状といえば、身近なところでは子どもの学校のPTA総会や、居住するマンションの管理組合の総会への出席案内についている委任状がお馴染みではないでしょうか。
委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
民法においての委任(または委任契約)とは、当事者であり委任を依頼する者が法律行為をすることを相手である受任者に委託し、受任者がこれを承諾することで成り立つ契約のことです。委任された人は、代理人となり、代理権を授与したことは委任状によって確認されます。
現代社会では、不動産取引仲介契約、弁護士委任契約、診療契約などでよく使われています。
ここで注意したいのが代理という行為についてです。
代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。
委任状によって代理人となった人は、本人に代わって意思表示をすることができます。
全面的な権限を与えてしまうと、不動産を売却することを委任状によって引き受けた代理人は、買主からの値引き要請を受けて、勝手に判断して値引きしてしまうという可能性も出てきます。
なお、この代理とは別に、使者という立場もあります。
使者は、本人の意思を相手方に伝える役割ですので、使者自らが意思決定することはありません。もし、売主の使者が買主から値引きを要求されても、一旦売主にその要求を伝えて売主本人が意思決定することになります。
たとえばですが、新築マンション販売などの広告やパンフレットを見ると、
売主 | :●●不動産株式会社 |
販売提携(代理) | :▲▲不動産販売株式会社 |
とあります。この場合は、▲▲不動産販売が代理として販売を行っており、値引き交渉などの判断も▲▲不動産販売ができることになっています。
自分の不動産を売却する契約などの重要な場面で、どうしてもその場に立ち会えない場合は委任状を用意して代理人を立てることになりますが、決定権も与えてしまうことになるので誰にでも任せていいというものではありません。
代理人として委任する相手は、配偶者や親族など信頼できる人を選ぶようにしましょう。また、身内に頼めない、あるいは法的手続きがひとりでは不安という場合は、費用は掛かりますが弁護士に依頼することも一つの方法です。
そして、委任状を用意する場合には、何についての権限を委任するのか、はっきりと書いておくことも大切です。白紙委任状は絶対に作らないようにしましょう。
不動産売却で委任状を用意する際の注意点
委任状はどのような書式を用意すればいいのでしょうか。また、委任状を作成する場合、他に何か必要な書類はあるのでしょうか。ここでは、委任状を用意する際の注意点も含めてご紹介していきます。
委任状を用意する場合、前にも説明しましたが、なんでもかんでも権限を与えてしまうような白紙委任状は絶対に作成してはいけません。何と何についての権限を与えるか、はっきり明記しておくことが大切です。
委任状の例文
※夫が売買契約締結に出席できないため、妻に委任する場合の委任状の例です。
委任状
住所 妻の住所
氏名 妻の氏名
私は、上記の者を代理人と定め下記の権限を委任する。
記
1.下記対象不動産の売買契約の締結
2.前項に付帯する一切の権限
3.下記対象不動産の売買契約における手付金〇〇万円の受け取り
4.前項に付帯する一切の権限
【対象不動産】
名称: ●●レジデンス901号室
所在: 東京都千代田区▲▲三丁目13番地3
家屋番号:▲▲三丁目13番地3の901
種類:居宅
床面積:(登記簿)80.97㎡
以上
平成〇年〇月〇日
委任者 住所 夫の住所
氏名 夫の氏名 印
委任状に決まった形式はないため、自分自身で作成することができますが、作成に際してはいくつか注意するポイントがあります。
委任状を作成する際の注意点
- 具体的に何を委任するのか、明確に示す必要があります。
※白紙委任状は後々トラブルとなる可能性もありますので、明確に何と何の権限を与えるのかを記載しておきます。 - 委任者本人が自署し、日付は記入した日を書きます。
- 住所は住民票に記載されている住所と同じでなければなりません。
- 印鑑は実印を押印します。
委任状と一緒に用意するもの
実印が有効であることの確認に印鑑証明書(3ヶ月以内のもの)が必要です。また、本人確認のために住民票も添付します。
委任状で代理人となった人も本人確認の書類が必要となります。
不動産の売却を委任して後でもめないために
夫婦で住んでいた自宅を売却することにしたが、たまたま契約締結時だけ夫がどうしても仕事を休めず出席できないので、委任状を用意して妻を代理人にした
このような場合は、普段から売却に関して夫婦で話し合っており、売却金額などに関してもお互い納得していることがほとんどであまり問題はないでしょう。
しかし、
田舎に嫁いで子育てや介護で忙しく、両親の遺産としてもらった東京の不動産を売却することができないため、東京に住む兄弟に不動産売却を委任した
というようなケースの場合は、こまめな連絡が取れない場合もあります。
売買が終わってみたら、自分が思っていた金額よりも安く売られてしまって後悔したという例も少なくありません。こういうことがきっかけとなって、兄弟姉妹の信頼が失われてしまうのは残念なことです。
そこでぜひおすすめしたいのが、不動産売却の前に、本人が不動産見積一括サイトを利用して、自分の不動産の相場をつかんでみるという方法です。
不動産見積一括サイトはネットで自分の不動産の情報を入力するだけで複数の不動産会社に見積依頼ができ、6~10社の不動産会社から見積を取ることができます。これを見れば、自分の不動産の相場がわかってきますので、兄弟に売却を依頼する場合にも、「できれば3200万円、値引いても3000万円以上で売りたい」などと明確に指定ができます。
頼まれた兄弟も、その金額を目安に売却すればよいので、後々トラブルになることはなく安心です。
不動産売却で委任状を作成する場合のQ&A
不動産売却で委任状が必要な場合の注意点についてご紹介してきましたが、ここでは委任状についての疑問とその答えをご紹介したいと思います。
委任状があれば認知症で寝たきりの父の土地を売却は可能?
認知症で寝たきりの父の介護費用捻出のため、父の土地を売りたいと考えています。息子である自分に委任するという委任状に父のサインと実印があれば、土地の売却は自分が代理でできますか?
民法では、自分の行為の結果を判断する能力(意思能力)を欠いた状態で行う契約は無効となります。認知症と診断され意思能力を欠いた状態での契約は認められませんし、委任して代理人を選ぶという行為自体、意思能力がない状態ではできないとみなされますので、認知症の親の不動産を子どもが委任されて売却することは不可能となります。
親の意思能力が欠いた状態で不動産を売却したい場合は、意思能力の回復を待つか、亡くなって子どもに相続されるのを待つ、あるいは成年後見制度を利用するしかありません。
東京に暮らす身体が不自由な妹に依頼されて行う、田舎の土地の売却について。
東京で暮らす車椅子の妹に頼まれて、相続で得た田舎の土地の売却を兄である私が行います。妹自ら委任状を作ってよこしており、必要書類はすべて揃っています。しかし、不動産業者が妹の意思確認をしたいために東京を訪問すると言っています。私としては、妹のためと善意で行っていることなので、何か信用されていないようで不満です。
「犯罪収益移転防止法」という法律があり、一度も本人に会わずに不動産売買などの取引をすることは、マネー・ローンダリングなど犯罪による収益の移転の恐れがあるとしてよしとされていません。「本人確認」および「本人の意思の確認」を行うため、不動産会社の担当者が妹さんを訪れることは、お兄さんを疑っているからということでは決してありません。逆に誠実に取引を行おうという現れですので、理解して認めてください。